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■Setsuko展

一昨年開催した第1回スタジオ展会場に連日ご主人の押す車椅子に乗って会場にいらした三輪節子さん。 「アートフラワーと和紙」をテーマに個展に意欲を燃やしながら昨年11月に逝かれました。 ご家族が遺志を引き継ぎ、3月に催された展示会をご紹介します。

会期:2006年3月17日(金)〜19日(日)
主催:京都ブライトンホテル スイートルーム

三輪節子さん
1980年 師範資格取得
2004年 師範会準教授に昇級
▲ご主人手書きの入り口看板  
▲会場構成は三輪 節子さんのご家族が ▲第1回スタジオ展出品作品「はなやぎ」
   
■めぐり逢い、そして

紫陽花を一輪、花器に挿したのだと思ったのは去年の8月頃。誰に切って貰ったのかなと思いながら通り過ぎようとして、フト今頃に紫陽花?と思って見直して見ると節子の作品でした。

思わず、この紫陽花僕が貰っていい?と聞いたら、すでに行き先は決まっていて、替わりを作るからと彼女は言ったのですが、約束を果たせないまま時間は無くなってしまった。

彼女がアートフラワーにめぐり逢ってから30年余、その集大成として今年18年10月の一週目に「深雪アートフラワーと和紙のコラボレーション」をテーマとした個展を、和紙作品を制作している妹と共同開催することを決めました。

腫瘍が徐々に広がり、残り時間が多くは望めない中で、先行きの不安、有効な抑制手段の無い焦り、日々増加する下半身の痺れ、麻痺、痛みを抱えながら、彼女は「深雪アートフラワー」に没頭することで、精神の平衡と心の平穏を失うことなく、積極的に治療に取組み、実行できる事は殆んど全てを行いました。 後で後悔しなくて済むように。

しかし、有効な手段を見付る事が出来なかったのですが、それでも積極的で有り続けた彼女に、一人の人間として尊敬せざるを得ませんでした。そしてこの様な力を与えて下さった「深雪アートフラワー」に、創設された「飯田深雪先生」や発展に尽された関係の諸先生方に、私たち家族は心から感謝致しています。

彼女がここまで「深雪アートフラワー」と関われたのは、そこに包含されている絵画の要素、型を創る造形の要素、自然物の描写に止まらず心象をも表現出来得る奥の深さ、を備えていたからなのですが、色彩について中でも色相については特に鋭敏になっていきました。

この頃よく口にしていたのは、「色は生かし切らなければダメ!殺してはいけないのよ!」という言葉でしたが、極限に近い状況で、何か悟る所があったのでは、と思っています。この事からも、もうほんの僅かでいいから時間が有ればと思い、とても残念です。「Setsuko」展、として開催致しました「お別れの展示会」は3月17,18,19日の三日間、京都ブライトンホテルで、延べ218人の方々をお迎えする事が出来ました。

私的な展示会でしたので、公的に上位の方へのご案内は遠慮させて頂いたのですが、本部からも、大阪支部からご来場頂き、そして九州から、東京から、名古屋からも、また山形から弔問を頂戴したり、とそのお心の深さに改めて思いを致しています。

私達がめぐり逢ったのは41年前、全くの偶然でしたが、ある意味では必然でもありました。41回目の結婚記念日は11月1日でしたが、その日に個展を早める事や、展示方法、作品数、招待や接待など詳細に計画を話しました。

そして次の日、展示会をお別れの会として開催することへの変更と、「深雪アートフラワー」でご縁のあった皆様への感謝を「私は本当に人に恵まれていた、その事をとても有難く思っている」と伝えて欲しいと言う事、そして私には「家族にめぐり逢えてとっても楽しかった。先に行ってゴメンネ」と遺して逝きました。

展示会は殆んど家族と親戚の間だけで企画し、ホテル側と相談しながらの準備という形で進行したのですが、準備期間の途中での開催と言う事でありましたので、基本的に作品数が少なく一番心配した所でした。「大阪深雪会」の会長様や主宰していた教室の皆さん方に協力願えるか、事前に相談させて頂いた所いずれもご快諾頂き何とか開催する事ができました。

親戚には、アートに関係する者が結構居りましたので、それぞれから協力をして貰いながら企画が進んで行きました。

個展では、空間の演出という形で展示したいというのが彼女の願いでしたので、その線に沿って子供たちが進めることになり、一応形には成ったと考えています。しかし、「お別れの展示会」の方が「個展」の意味よりも強く出てしまい、見苦しかったかもしれません。その点は統合者としての、私の力量不足であったと思います。申し訳なく思っています。

さて、改めて、節子にご縁を頂いた皆様方に、深く々お礼を申し上げます。と伴に素晴しい癒しの力を持っている「深雪アートフラワー」と素敵な時間をお持ち頂けることを、心からお祈り致しております。

そして「深雪アートフラワー」の今後のご発展を、本当に心から願っております。また、この様にご挨拶申上げる事の出来る機会を与えて下さった事を、とても感謝しております。

三輪 節子家族一同   京都にて
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